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zoom RSS 箕輪初心■富岡製糸場6−C『扇風機の歴史&群馬養蚕スポット』

<<   作成日時 : 2012/09/27 06:26   >>

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★扇風機は蚕のために開発されたことを御存知ですか?
★今日は、喜びに満ちた世界遺産候補、削除された世界遺産
候補、知らせたい群馬の人物、私好みの群馬県養蚕スポット
を紹介したい。
平成24年(2012)8月23日(木)外務省から「富岡製
糸場と絹産業遺産群」4ヶ所が推薦されることになった。

平成22年(2010)10月1日?世界遺産候補6ヶ所が、
はずされた。旧甘楽社小幡組倉庫・旧上野鉄道関連施設
・赤岩地区養蚕農家群・富沢家住宅・栃窪風穴・薄根の
大桑である。「ぐんま絹遺産ネットワーク」などと
称して、世界遺産候補から外したのである。★結構、
ひどいすり替えをしているとしか思えない。

2014年の世界文化遺産登録を目指し、「富岡製糸場
と絹産業遺跡群」に国から推薦されることになった。
私は世界遺産を150位行ったが、富岡製糸場は結構、
しょぼい?世界遺産推薦に思えるのだ。高山社は藤岡市
がなんとかしたらしいが、田島弥平旧宅は個人宅で見学
は予約制?・・・簡単に見られないのだ。
世界遺産本登録をクリアするにはハードルが高いはずだ。
群馬県や関係団体は承知しているのだろうかと疑問に
思う。諮問機関は本登録の許可する確率は低いのでは
ないかと危惧している次第である。
頑張って・・・。
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◆◆ 箕輪初心■富岡製糸場@「世界遺産登録への疑問点」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201209/article_24.html

◆◆ 箕輪初心■富岡製糸場A「5回目の訪問」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201209/article_25.html

◆◆ 箕輪初心■富岡製糸場B「富岡製糸場&県立博物館」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201209/article_26.html





◆◆ 富岡製糸場と絹産業遺跡群 ◆◆
【1】富岡製糸場
私は、世界遺産しようとする理由が分からない。
@日本で最初の官営の製糸工場である。
A群馬がかつて養蚕県だったから?
B建造物が残存しているから、3.11に絶えたから?
などの理由は考えられる。
でも、長野の岡谷と群馬の富岡が協力して世界遺産を
狙う方が確実かもしれない。と思ったこともある。
  
※富岡製糸の東繭倉庫の写真より
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※富岡製糸作成のパンフレットより
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●富岡製糸の歴史
・明治5年(1872) 官営の製糸工場
・明治26年(1893) 三井家への払い下げ
・明治35年(1902) 原合名会社
    (横浜の豪商原富太郎が三井から譲渡)

・昭和14年(1939)片倉製糸紡績(現片倉工業)
・昭和62年(1987) 操業停止

 ※富岡になった理由は、
 @原料生産地。江戸中期より上州は養蚕が盛んであった。
 A製糸にに必要な大量の水の確保・・・鏑川
 B燃料用の石炭・・・高崎に亜炭層。確保が容易。
  明治政府は、横浜商館の生糸検査技師のフランス人
  「ポール・ブリューナ」を雇用
  製糸工場の建設・機械類の購入・外国人技術者の
 雇用を一任。
製糸工場の建設・設計はフランス人
 「エドモンド・A・バスチャン」による
    「木骨レンガ造」・建物が木工3重?
工場の働き手・・工女は、400人。
  良家の子女もいた。8時間労働。
旧松代藩の横田英「富岡日記」・・能力給。
 一等工女になった喜びも書かれている。


【2】田島弥平旧宅(伊勢崎)
 瓦屋根に換気設備を取り付けた近代養蚕農家の原型。
 弥平旧宅の屋敷地約4,000u
※「田島弥平旧宅は個人住宅のため、敷地内へ立ち入っての
 見学は御遠慮ください。」だって・・・
 こんなのを指定にする群馬のお偉方の考えが不明だ?
簡単に見られない邸宅が世界遺産の対象にする発想
 が、なんか変?・
 諮問機関の外国人が来たら、即、オミットだろう。
 世界遺産のへのハードルを軽く見過ぎてないか? 
 天皇様が推薦したって、だめな物はだめなのだ
 と思うのだが・・・。


【3】高山社(藤岡)・・・・2011年3月12日
※「田島弥平旧宅同様、個人住宅のため、敷地内へ
立ち入っての見学は御遠慮ください。」だって・・・
★外からこっそりかい?

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【4】荒船風穴(下仁田町)
★これかい?
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◆◆ 削除された世界遺産候補 ◆◆
外されて関係者は泣いているだろうな?

1)旧甘楽社小幡組倉庫・・7回
★あ〜あ、泣いてるで。
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2)旧上野鉄道関連施設・・3回  
 碓氷峠鉄道施設・眼鏡橋(松井田)・・
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 1989年〜2007年9月18日
「碓氷鉄道文化村からSL(10月・11月)に乗って行くと、
 丸山発電所に行ける。
 そこから先に線路伝いをハイキングすると、
 眼鏡橋に行ける。
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3)赤岩地区養蚕農家群(吾妻の六合村)・・3回
*関家(養蚕農家)の写真  
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 ※高野長英の隠れ家:湯本家
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 ・赤岩の町並み・水車
★案内の方ががっかりしていたよ。


4)富沢家住宅(中之条)・・・・・1回
1988年ころの農家
※養蚕を営む農家の全国の40%が群馬県(2009年)

※赤城型農家     

※榛名型農家

5)栃窪風穴・・・0回

6)薄根(沼田)の大桑・・・1回
★かつては、「桑でいいのだろうか?」と思っていたが?
 おやげねえ。
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◆◆ 「個人的に大事と思う遺産」  ◆◆
@碓氷社
(安中市原市・カインズホームの駐車場隅に事務所)
 江戸時代からの座繰り(ざぐり)で高品質の生糸を生産。
 地域密着型の組合製糸である。
 碓氷社(安中)は萩原遼太郎創設者。明治末輸出日本1
★碓氷川に蛹を流したので、魚の餌になった。
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A新町屑糸工場(暫定世界遺産)・・
 最初は世界遺産に入らず。…後から候補になったが、×
明治6年(1873) ウィーン万博に行った佐々木長淳が箴言。
        同じく、大工の山添喜三郎が技術を習得。 
明治10年(1877) 官営工場・・
   明治政府は、屑糸を絹糸として加工する技術を
    新設すべきと判断。
   基本構想から完成まで、日本人によるものである。
明治20年(1887) 三井家への払い下げ  →鐘淵紡績
現在      クラシエフーズ    建物が現存。


B旧安田銀行担保倉庫(前橋市)・・近藤義義雄先生が推薦。


C水沼製糸所(現桐生市黒保根村)・・日本初の民営工場
・明治7年(1874) 日本で最初の民営の器械製糸場が
     星野長太郎によって設立。
          速水堅曹から技術指導。
・明治8年(1875) 横浜からイギリスのロンドンとフランスの
     リヨンに300斥を輸出。
・明治9年(1876) 星野の弟:新井領一郎が渡米。
         直輸出の使命で、63年間。
         ニューヨークで大成功。    
・明治12年(1879) パリ万博で金賞を受賞。


D前橋製糸(住吉町一丁目・国道17号沿い・記念碑のみ。)  
・明治4年(1871) 日本で最初の藩営の器械製糸場。
   旧前橋藩士速水堅曹、深沢雄象らによって設立。
  ★記念碑写真が見つからず。

E交水社・・前橋市内最大の製糸工場。
   士族授産の資金として高須泉平らによって設立。


◆◆ 箕輪初心お勧め養蚕関係スポット」 ◆◆
@「日本絹の里博物館」・・高崎市旧群馬町



A「塚越家の民具展示場」・・・高崎市旧群馬町保渡田
  個人所有では、おそらく、日本1の養蚕器具の残る
  私設博物館ではないだろうか?
 ※大正時代に、扇風機は蚕のために日立が開発し
  たのだ。
  多くの人は、「人のためだ。」と思っているだろう。
  大正時代に旧群馬町に養蚕モデルの中心地として、
  有力農家に扇風機が設置されたのだ。 
  
  こんなことは、富岡製糸場や養蚕の歴史の中でも、
  Hpやブログ紹介されていない。 
  ※群馬県養蚕??の山田武麿先生などが編集した
 本には、載っているらしい。
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  大正時代の日立の扇風機だ。
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 明治・大正時代の扇風機が残っているのは、
 この家だけだけであろう。
 塚越家は1年に5回繭を出荷している家だった。
 最盛期は群馬でbW位に入る養蚕農家だった
 らしい。多いときは近所から10人程の方がいた。
 30年前には中国四川省からも視察に来た。
 主人が養蚕関係の藁や木・鉄の製品を数多く
 保存している。
 群馬県立博物館・前橋市立博物館などに貸し出しも
 したことが数回あるそうだ。



B高崎染料博物館


C臨江閣本館・茶室(県重文)(前橋大手町3丁目15)
・明治17年 生糸商らが資金を出して前橋の迎賓館
    として本館と茶室が建設。
・明治43年 共進会の貴賓館として、別館が建設。

D前橋市立図書館
  蚕糸関連の資料が4,500点も所蔵


E蚕糸記念館(前橋市敷島)


F大間々町歴史民俗館(コノドント館)  
・安政6年(1857)横浜などで外国との貿易を開始。
日本からの輸出品の大部分を生糸が占めていた。
 大間々からは藤屋藤三郎・不入屋伊兵衛・
 吉村屋幸兵衛の3人の生糸商人が進出。
 吉村屋は明治9年には日本からの生糸輸出量の15%
 を扱うまで成長。(★大間々のHPから)




★明日は、上毛カルタなどに見られる群馬の養蚕かな?

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★通風を重視した蚕の飼育法「清涼育」を大成した田島弥平が、 文久3年(1863)に建てた主屋兼蚕室です。間口約25m、 奥行約9mの瓦葺き総2階建てで、初めて屋根に換気用の越屋 根が付けられました。この構造は、弥平が「清涼育」普及のた めに著した、「養蚕新論」「続養蚕新論」によって各地に広ま り、近代養蚕農家の原型になりました。 (★群馬県 富岡製糸場と絹産業遺産群 田島弥平宅) ...続きを見る
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