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zoom RSS 箕輪初心■『富岡製糸場』6−@「世界遺産への疑問点」

<<   作成日時 : 2012/09/24 06:17   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 24 / トラックバック 7 / コメント 2

★富岡製糸場が世界遺産になるのが嫌なわけではないし、
世界遺産になって欲しいと望んでいる。しかし、群馬県や
富岡市などで本気で世界遺産にしたいと思っている人達
の考えが甘いと感じるのだ。大きな疑問が3つある。
【1】富岡製糸場は本当に世界遺産候補レベルなのだろうか?
海外旅行で海外の世界遺産を150程見てきたが、「富岡製糸
場が世界遺産候補」というのは何か違和感と感じる。
【2】近代化遺産なら「横須賀造船所」が先では?
【3】何故、「富岡製糸場&絹産業遺産群」を4つにしたのか?
平成19年(2007)1月30日に世界遺産の候補としてユネス
コ世界遺産暫定リストに記載された。平成24年(2012)の世
界遺産本登録を目指している。8月27日には天皇ご夫婦
が草津音楽際にお見えになった折、群馬県知事:大沢正明
氏が御協力を御願いしていた。と新聞にあった。

平成26年(2016)の世界遺産の本登録できるのだろうか?
画像



★でも否定的な考えでは、何も産まれない。
 
大沢県知事が、「今年は古墳時代の群馬だ。」なんて、
言っているうちに、右島先生・若狭先生の上毛新聞への
古墳の掲載が増えた。
1)富岡製糸工場の政界遺産の本登録への基準確認、
  基準への準備などは全くおろそかになっていませ
  んか? 駐車場、トイレ、ガイド・・・何か金がかかり
  そうですね。・・・。

2)箕輪城は、全く進行状況が分からない。

 箕輪城整備9億円の15%は県の費用からでることに
 なっている。1億3000万円位なか?

★結局、大沢県知事は、遺産関係に関して、
・箕輪城整備か、古墳や多胡碑関係か、富岡製糸を
 選ばなくてはいけない。準備には費用がとても
 かかりそうである。予算、大丈夫でしょうか?


【1】富岡製糸場が世界遺産候補なることへの疑問@
何故、富岡製糸場が世界遺産候補なのだろうか?
と私は群馬県人ながら、疑問に思っている一人である。
★世界遺産暫定候補に載って久しくなる。
なぜ、世界遺産にしようとしているのかは私には
よく分からない。
歴史的遺産の日本レベルの見地に立てば、
古墳時代・・・大阪の百舌古墳群
鎌倉時代・・・鎌倉
明治時代・・・近代化遺産
大正時代・・・???★無理だろう。
が、入っていない。

つまり、富岡製糸工場は、歴史の観点からは
明治時代に属す。
@日本で最初の官営の製糸工場である。
A群馬がかつて養蚕県だったから?
B建物の残存状況がいい。・・・など、
理由は考えられる。
★2010/09/04の岡谷情報
「フランス式織機は岡谷博物館の物を600万円で複製
予定だ。」と聞いた。
でも、長野の岡谷と群馬の富岡が協力して世界遺産を
狙う方が確実かもしれない。と思った。
しかし、機械は、愛知県明治村と長野県岡谷市の博物
館にあるだけである。
画像

 (★富岡製糸場で欲しがった長野県岡谷の
  フランス式織機・・・でも、貸さないのだ。)

歴史を勉強すれば、するほど、疑問が浮かぶのだ。
行けば行くほど、世界遺産レベルではないのではと思う?
日本の歴史レベル程度で、世界遺産を見てはいけない。

海外の世界遺産は、凄いよ。
私は150程の世界遺産を見てきているが、
不思議だ。それだけの歴史的な価値・意義を感じられない
のだ。石文化のヨーロッパ、レンガ文化のイエメンやウズベキ
スタンなどは、都市そのものが世界遺産である。単体で
イギリスの鉄橋があると思ったが・・・。
本登録はあるのだろうか?  

富岡製糸場は、国内の歴史遺産レベルと思ってしまうのだ。
確かに、明治初期、世界1の絹生産&輸出額だった。
しかし、生産していたのは富岡製糸場だけではないのだが。





【2】 「横須賀造船所」の方が先だと思う疑問点
フランス文明=江戸幕府の依存系=小栗の遺産だ。
  イギリス文明=薩長関係
 →つまり、フランス軍隊・語学校まで作った小栗の遺産
  なのだ。
★私は小栗上野介のファンである。

@8月下旬の上毛新聞では、司馬遼太郎シリーズで、
『大久保利通は小栗上野介のまねをして、殖産興業に踏み
切った。横須賀造船所が重要だ。・・・と言っていた。』

A群馬高崎旧倉渕の東善寺の村上泰賢氏が
「大隈重信が『明治政府は小栗上野介の2番煎じごとき。』
と言っている。」と御指摘した。

B東郷平八郎は『日露戦争に勝ったのは、貴方のお父さんの
おかげである。』と、小栗又七に食事に招待した。
私も世界遺産は先に横須賀造船所であると思うのである。
しかし、建物が残っている訳ではないので、・・・。
横須賀造船所の歴史を見れば、歴史的な近代化遺産の
観点から見れば、富岡製糸場はおまけかもしれない。
画像

画像

 (★横須賀ヴェルニー博物館)

■横須賀造船所の建設の歴史
@万延元年(1860) ワシントン海軍造船所見学
→近代化の大工場の建設を想像。・・・★目的意識
A文久元年 (1862) 対馬事件で、ロシアとの交渉失敗
→近代化海軍の必要性。
B元治元年(1864)
 11月28日 小栗・栗本・木下・浅野が現地調査。 
→造船所候補地は横須賀。
ヴェルニーの来日
12月8日 造船所建築案を幕府に提出。→多くの反発。
        将軍:慶喜に信頼され、反対派は沈黙。
    ◆勝海舟・・・「四国を売るのか、売国奴め。」と言った。
    ★勝は貧乏旗本だってので、小栗には反感を持っていた。 
12月9日 小栗・水野・阿部は フランス:ロッシュと協議。
 
・元治元 (1864)年 38歳
  1月26日 小栗・栗本・木下・浅野が造船所実地検分開始。
契約書に押印。
       ※費用は4年継続の240万$
       ●小栗は、群馬の下仁田中小坂の鉄山開発を計画  
  11月10日  横須賀製鉄所(造船所)建設正式決定。
12月18日  軍艦奉行に就任。
       ●栗本鋤雲(じょうん)とロッシュに会見
       ●横須賀造船所が本格化
       ●ヴェルニーが来日。
・慶応元 (1865)年 39歳 財政改革・軍制改革。
   フランスと契約
  ●横浜製鉄所の建築
3月11日 ヴェルニーが準備のため、帰国。
閏5月 柴田剛中を渡仏使節団・・・機械資材の購入。
   8月 1日  横浜にフランス語学校を開校。
        (栗本鋤雲・浅見氏祐の協力→ロッシュ)
   8月24日 横浜製鉄所竣工。
  9月27日 ●横須賀製鉄所の鍬人穴を挙行。★アジア最大。
・慶応 2 (1866)年 40歳
  4月26日 フランスから技師&機材が到着。       
  
※徳川慶喜が15代将軍になる。
7月27日 造船所内に造船学校を設立。
・慶応 3 (1867)年 41歳
       ※徳川昭武・渋沢栄一がパリ万博へ
3月  横須賀1号ドック完成・・全長110m  
 10月14日 ※大政奉還
※西郷隆盛は江戸の放火を命令
 12月25日 ●小栗は薩摩藩邸への焼き討ちを決行
→鳥羽伏見の戦いの火種に発展
・慶応 4 (1868)年 42歳
 1月15日  異国との抗戦論&薩長根への主戦論を主張→罷免。
※小栗上野介&榎本武揚は主戦論
●小栗の秘策・・「薩長軍を箱根峠で待ち伏せ、
洋式軍隊で攻撃。後続部隊を駿河湾から
新鋭艦8隻で攻撃・・・。」
※勝海舟は薩長に恭順の考え→徳川慶喜も恭順の意
    ●徳川慶喜の袖をつかんで説得した小栗だが→罷免。
※勝海舟と西郷隆盛が、江戸の洗足池の勝邸で密談
 西郷「幕府の金はどげんしたのか?」
     勝「わからない。小栗が隠したかもしれん。」
★★→勝海舟の安易な回答が、埋蔵金騒ぎに繋がった。
※江戸城の無血開城
1月28日●小栗・・幕府に、土着願い提出
・明治元年(1868)閏4月6日 小栗が斬首。
・明治4年(1871)3月28日 明治政府の落成式
・明治6年(1876)3月13日 ヴェルニーが帰国。
(★参考文献・・・日本の100人番外編他多数。)


◆◆ 箕輪初心★小栗上野介D「横須賀造船所」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201107/article_2.html

◆◆ 箕輪初心★富岡製糸場&絹遺産 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201108/article_10.html

E 横須賀造船所&富岡製糸
村上先生の質問
「横須賀造船所の建物と同じものをどこかで見たこと
 在りませんか?」
村上先生の答え
「富岡製糸です。建物はバスチャンは設計です。
建築家としてはbRです。」
★つまり、横須賀造船所も建築家の技師だった。



   (★バスチャンや女性の部屋など)
★★箕輪初心「バスチャン」の補足説明
・慶応3年(1866)横須賀製鉄所(→横須賀造船所)の
   造船工兼製図工として来日。
   つまり、小栗上野介の依頼で雇われた
   bRフランスの設計技術者だ。
  ヴェルニーの配下ということになる。
  

・明治4年(1871)1月 
  政府お雇いフランス人製糸技師:ブリューナは
  富岡製糸場の設計を横須賀製鉄所の建設に携わった
  バスチャンに依頼。
 バスチャンは官営富岡製糸場の設計にあたる。
 
 
 深谷の尾高惇忠(じゅんちゅう)の資材の調達先
  (★後、初代富岡製糸工場長)
 @石材:礎石にする台石は現甘楽町小幡連石山
  (長厳寺の裏山)から採掘。
 A木材:杉材・欅材は妙義神社の山林
   小材は近く山林。
   松材は中之条沢渡の官林。
      吾妻川→利根川→鏑川を遡上。
 B石炭:寺尾村(現高崎市)亜炭の採掘。
 C煉瓦:現甘楽町福島の笹森稲荷前に築窯。
 D煉瓦の目地材:下仁田町青倉産の石灰を漆灰として使用。
 E窓用のガラス:フランスから輸入。
3月に着工。
 ★深谷の渋沢栄一は大蔵省の大蔵少丞であった。
  富岡製糸工場の設立に行政面から貢献した。
  後、富岡製糸の技術を生かして、「日本レンガ社」を
  設立した。東京駅・前橋駅・横浜赤煉瓦倉庫などに
  使われた。
   



・明治5年(1872)
2月 ブリュナがフランス人技師3名と女教師4名を
    など計13名を引き連れて富岡に戻った。
  3月?政府は工女募集

7月 工事完了。構想から竣工まで、僅か2年数か月。
     バスチャンが横須賀に帰着。

★富岡製糸のボランティアガイドの説明では、
「バスチャンは、酒と女を求め、度々東京に通った。」とか
・明治21年9月9日横浜で死去。49歳。シェルブール出身。



★群馬県立博物館は、学芸員しかおかない。
説明ボランティアを置かない。
何故なら、ボランティアは必ず、私説を言いたくなる。
・・・説明に食い違いが出てくるからである。
ボランティアガイドの知識量はピンキリであろう。
私が箕輪城のボランティアだから、分かる。
@パンフレットに書かれたことを中心に言うガイド
A絶対的知識量のないガイド・・・
 =マニュアルしかできないガイド
B知ったかぶりガイド・・・私のようなタイプ。

C脇道好きなガイド
D資料上、分かっていることのみに固守するガイド
E建物構造が得意なガイド
F歴史が好きなガイド
・・・など、いろいろなタイプがいる。
ところが、世界遺産になると、@のガイドしか、
通用できなくなる。個人的な意見はかえって
邪魔なのである。
★ま、いいか?



【3】4つの遺産にした理由に対する疑問点
新町屑糸工場は何故入らないの?入れられないの?
  カネボウ→???  

◆◆ 「富岡製糸場と絹産業遺産群」 ◆◆
【1】富岡製糸場
フランスの技術を導入した日本初の官営製糸工場
  富岡製糸場・・・・生糸の品質向上&生産拡大
            &各地方への近代化への伝播


【2】田島弥平旧宅
瓦屋根に換気設備を取り付けた近代養蚕農家の原型
「清温育」=空冷・暖房の農家→繭生産の拡大



【3】高山社跡
日本の近代養蚕法の標準「清温育」を開発した場所
高山社・・・・・・・・教育面からの繭生産拡大



【4】荒船風穴
自然の冷気を利用した日本最大規模の蚕種貯蔵施設
荒船風穴=・・・卵保存→年5回の養蚕→繭生産の拡大


確かに、4遺産はそれなりの結びつきがある。
 新町屑糸工場・・生糸の再生産
★でも、入っていないのだ。
★平成26年(2016)の世界遺産の本登録できるのだろうか?


5年前には協力して世界遺産候補を目指そうとした11ヶ
所のうち、群馬県?は6つを削り、新たに1つ入れた。
だれがどのようなことで変更になったか全く解らない。
赤岩地区や薄根地区など、裏切られた気分で充満して
いるのである。でも、世界遺産にしようとする富岡製糸
軍団と大沢知事と関係がちらっと見え隠れする。
これでいいのかなあ。群馬県人。
6つ削除して、1追加した訳は何だったのか?

富岡製糸場の直接関連の物だけでもいいのではない
だろうか?とも考えられる。

でも、同じ官営工場の新町屑糸工場をなんとしても入れる
 必要があるのでは、ないだろうか?

岡谷の製糸工場とセットにする考えもある。

設立に貢献した渋沢栄一や尾高惇忠の生家を入れる
 考えもあるではないだろうか?





◆◆ 富岡製糸の歴史  ◆◆
 ・明治5年(1872) 官営の製糸工場
 ・明治26年(1893) 三井家への払い下げ
 ・明治35年(1902) 原合名会社(横浜の豪商原富太郎が三井から譲渡)

 ・昭和14年(1939)片倉製糸紡績(現片倉工業)
 ・昭和62年(1987) 操業停止

 ※富岡になった理由は、
 @原料生産地。江戸中期より上州は養蚕が盛んであった。
 A製糸にに必要な大量の水の確保・・・鏑川
 B燃料用の石炭・・・高崎に亜炭層。確保が容易。
  明治政府は、横浜商館の生糸検査技師のフランス人
  「ポール・ブリューナ」を雇用
  製糸工場の建設・機械類の購入・外国人技術者の
 雇用を一任。
製糸工場の建設・設計はフランス人
 「エドモンド・A・バスチャン」による
    「木骨レンガ造」・建物が木工3重?
工場の働き手・・工女は、400人。
  良家の子女もいた。8時間労働。
旧松代藩の横田英「富岡日記」・・能力給。
 一等工女になった喜びも書かれている。
 ★駐車場、トイレ、ガイド不足。
  韓国語・英語のガイド・イヤホンなどがない。
  近くに食堂・レストランが少ない。
  不便である。・・・・


2)高山社(藤岡)発祥の地・・・・2011年3月12日
  ★個人宅で見学しにくい。
   門から、こっそり覗いた。



4)荒船風穴・・・・日本全国に卵を配布。
  ★山の中、・・・バスなど行けるわけない。
   車の駐車場は4〜6台程度・・・・
   シャトルバスがあるわけではない。 



◆◆ 追加された世界遺産候補 ◆◆
10)田島弥平宅・・・伊勢崎
個人宅で見学しにくい。
  とはものの勝手に敷地内に入ったけど・・・





◆◆ 削除された世界遺産候補 ◆◆
●2010/10/01・・・世界遺産候補からはずされた地区

3)旧甘楽社小幡組倉庫・・・
 ★4回行っているが・・・・。


5)旧上野鉄道関連施設  
 碓氷峠鉄道施設・眼鏡橋(松井田)・・
 1989年〜2007年9月18日
「碓氷鉄道文化村からSL(10月・11月)に乗って行くと、
 丸山発電所に行ける。
 そこから先に線路伝いをハイキングすると、
 眼鏡橋に行ける。
 ★眼鏡橋・・・赤煉瓦の技術がある。


6)赤岩地区養蚕農家群(吾妻の六合村)・・・
 2007年9月17日
*関家(養蚕農家)の写真  
 ※高野長英の隠れ家:湯本家・赤岩の町並み・水車
2012年7月2日?
 ★村の案内所の方もがっかりしていた。


7)富沢家住宅(中之条)・・・・・1988年ころ
※養蚕を営む農家の全国の40%が群馬県(2009年)
※赤城型農家     
※榛名型農家

8)群馬県:中之条・・・栃窪風穴
  ★栃窪風穴には行っていない。


9)群馬県:沼田の「薄根の大桑」
「これでいいのだろうか?外にも価値があるものが?」
 と、思っていたが、やっぱり、
 ★だれがここと考えたのであろうか。最初から仲間に
  入れなければ、いいのに?





★ふらっと西上州へのの旅を楽しんでみませんか!
今日は忙しい。・・・6時15分。もう、職場にいくのだ。




★明日も富岡製糸関係かな?

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うぶちゃんの陶芸すごいね!!
花瓶かな?最後の大きいの 私ごのみです(笑)
かたちもいい!大人になったね。
今度、ゆっくり見たいです。OB会にひとつ私にプレゼント
持ってきて♡
れいこちゃん
2012/09/24 10:47
お久しぶりです。大学同窓会で
会えるの楽しみにしています。
どの作品かなあ。何か探してみようかな。
では、10月7日?に・・・
れいこちゃんへ
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