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zoom RSS 箕輪初心★松尾芭蕉R奥の細道G【郡山〜福島〜飯坂】

<<   作成日時 : 2012/08/06 06:31   >>

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★今日もオリンピックが凄かった。
松尾芭蕉を慕って、秋田角館で生涯を終えた菅江真澄・
愛媛出身の俳句の正岡子規・山形の大井田に移り住ん
だ斎藤茂吉などが「奧の細道」コースを歩んだ。私も
負けじと張り切った。しかし、紀行文はなかなか書け
ないのだ。今一歩ルポライターとしての素養に欠ける。

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 (★飯坂温泉の駅前の像)

5月1日=太陽暦6月17日
○郡山発
・奥州街道沿いにある。

浅香山・安積山(=郡山市の浅香山公園)
 歌枕の場所である。都の舎人は姫をさらって逃げて来た
 が、ここで山の谷に身を投じたという伝説もある。
 「藤原実方中将が「花かつみ」のことは等躬も知らなかった。
 花かつみ」を探すが、誰も知らない。
 時間が経つばかりであった。

 (★おくのほそ道=田辺聖子著)
★『花かつみ』=『ヒメシャゲ』=『ヒメシャガ』
野菖蒲の一種であり、群馬にもたくさん見られる。
鎌倉の寺なども多い。

★関係ないけど、DeNA中畑清がんばれ。 


三春の滝桜
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 ★→三春宿 春の滝桜の名所。
 「菜の花と 競うがごとく 滝桜
   春の訪れ  もうすぐ三春 」
 箕輪初心     
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 「三春とは 梅桜桃の 三拍子 
   きらめく花は 今盛りなり 」
箕輪初心
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 (★現地の写真)

三春城 
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*見所・・・土塁と石垣、藩校明徳堂表門、本丸跡。
三春城の紹介はいつになることやら??


安達太良
 「智恵子と高浜光太郎」実家が造り酒屋
 ★高村光雲著の「幕末異問記」が面白い。

「花かつみ」を探し歩いているうちに日が暮れた。

○二本松

二本松城・・・松尾芭蕉は行っていない。
 二本松小編隊の像
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会津藩の飯盛山の自決以外にも悲劇があった。
 箕輪門            
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 二の丸石垣
 石垣と頂上の模擬天守台
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 復元天守台からの景色・・・春の桜?
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紹介はいつになることやら??

大燐寺・・・丹羽長秀の墓
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黒塚の岩屋=二本松市の観世寺・安達が原「黒塚」
安達が原「黒塚」伝説
 京の公家の乳母であった「岩手」は、姫の病気を治したい
一心で陰陽師の「妊婦の生き胆を飲ませれば治る」という
言葉を信じて遠く陸奥の安達が原の岩屋にたどり着いた。
 ある木枯らしの吹く晩秋の夕暮れ時、若い夫婦が
「一夜の宿を・・。」
と、お願いした。
ところが身ごもっていた若い妻「恋衣」が急に産気づいた。
夫は薬を求めて外に出て行った。 
 老婆「岩手」は、絶好のチャンスとばかり出刃包丁をふる
って、グサッ・・。
「恋衣」は、苦しい息の下から
「私たちは小さい時、京で別れた母を探し歩いているのです。」
と話した。・・そして、死んでしまった。
 「岩手」は「恋衣」のお守り袋を見て、
「あっ。なんと〜〜いま手にかけたのは、いとしい我が娘。」
「岩手」は気が狂って、鬼になってしまった。

謡曲「安達原」では、旅人を泊まらせ餌食にしていた鬼女
 が、山伏に真人間に戻される話である。
 若干、伝説に違いがある。

★バス旅行などで話を2回聞いたことがある。 

○松川

○福島泊


◆◆ 『奧の寄り道』安達太良山1700m ◆◆
2001年4月28日
11:00 ガイドの安達が原「黒塚」伝説の話
11:35 ゴンドラ ・スキー場の斜面は急で狭い。
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11:45 山頂駅   スパッツ装着・・・・雪解けの所は汚い水、
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11:50 登山開始 (1352m) 軽アイゼン装着
            雪解け水が流れている。
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12:25 仙女平  ・買ってきたむすび2個とお茶。
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         頂上近くにスキーのシュプールが3本。
12:50     まあ、いいか。昨日、奥只見でスキーしたし。
「雪解けの 道を上れば 垂乳根の 
        母の平癒を 祈る安達太良」
箕輪初心
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■福島泊・・・奥州街道の一宿場。
★福島・・・@2008年7月19日奥の細道紀行

○福島駅東口のバス乗り場「芭蕉・曽良像」
  ★遠くよりながむる。

福島城=福島県庁
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5月2日=太陽暦6月18日
○福島宿→

文知摺(もじずり)観音=安洞禅院
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(★新幹線トランベール8月号写真)

「 早苗とる 手もとや昔 しのぶ摺 」
 


○阿武隈川・・・月輪の渡し

○瀬の上宿
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松尾芭蕉は歴史好きで、儀に生きた悲運の
 武将が好きなのだろうか?
 源義経・木曽義仲・佐藤継信・忠信兄弟など・・


飯坂 ・医王寺(いおうじ)
  『平家物語』佐藤継信・忠信兄弟の菩提寺。
  父佐藤元春は、信夫(福島)&現伊達の庄司=代官
  であった。藤原秀衡の家臣で、源義経を助け、3人とも
  悲劇的な最後を遂げたのだ。
  兄佐藤継信は、屋島の戦いで源義経を守って死んだ。
  弟佐藤忠信は、源頼朝に追われた時、身代わり自害した。
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   (★新幹線トランベール8月号写真)

●大島城・・・兄弟の父の城
医王寺前を通過・・・「下手扱いた。」
 駐車場がなかった。通り過ぎちゃった。

『 笈も太刀も 五月にかざれ 帋幟(かみのぼり)』
★弁慶は使った笈も義経が使った太刀も
五月=端午の節句に飾って、後世にその武勇を
伝えたいなあ。紙で作った幟が爽やかな5月の
風にたなびいているよ。まるで、源氏を応援する
旗のようだ。・・・考えすぎだね。



○飯塚=飯坂

○飯坂温泉泊・・・『奥の細道』では最悪状態。
 摺上川べりの出湯の里に旅寝の宿を借りた。
【其夜飯塚にとまる。温泉あれば、湯に入て宿をかるに、
 土坐に筵を敷て、あやしき貧家也。灯もなければ、ゐろ
 りの火かげに寝所をまうけて臥す。
 夜に入て、雷鳴雨しきりに降て、臥る上よりもり、蚤・蚊に
 せせられて眠らず 。持病さへおこりて、消入計になん。】

★その夜、飯塚に泊まる。温泉があるので、まず湯に入っ
 たのちに宿を借りたところ、土間に莚(むしろ=米藁で
 編んだ敷物・・・私の家では、米を乾していた。)を敷いて、
 びっくりするほど汚いあばら家である。灯火=明かりも
 ないので、囲炉裏の明かりの陰に寝床を設けて横にな
 った。 
 夜が深まって、雷が鳴り、雨がしきりに降って、寝てい
 る上から雨漏りがし、また蚤や蚊にせせられて眠る
 どころの状態ではない。その上、持病まで起こって、
 死にそうになる。
 最悪だ〜。

・「土坐に筵を敷て、あやしき貧家」・・不明だそうである。
 旅館「花水館」の脇道から階段を降りたところで、
 現在、跡地に「おくのほそ道」の「飯塚温泉の章段」の
 芭蕉記念碑が建てられているとパンフレットにあったが
 行き始めて、止めた。

飯坂温泉はいい温泉宿もいっぱいあると思われるの
  で、芭蕉がドジだったのではないだろうか?

 「飯坂の 温泉気分 味わえず 
           意気消沈の 梅雨の芭蕉」
箕輪初心
 コンビニの前の駐車場で、飲み物を買って、己を癒した。 

●飯坂駅前
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5月3日=太陽暦6月19日
○飯坂温泉発
【短夜の空もやうやう明れば、又旅立ぬ。猶夜の余波、
 心すすまず。馬かりて桑折の駅に出る。はるか
 なる行末をかか えて、斯る病覚束なしといへど、
 羇旅辺土の行脚、捨身無常の観念、道路にしなん、
 是天の命なりと、気力聊とり直し、路縦横に踏で
 伊達の大木戸をこす】

★意味・・・夏の短夜の空もだんだん明けたので、また
 旅立った。なお、昨夜の苦しみの余波が尾を引
 いていて、気分がすすまない。そこで、馬を借りて
 桑折の宿駅に出てきた。 
 遥かな前途を抱えて、こんな持病が出るとは
 心細いことであるが、辺鄙な片田舎の行脚=旅の
 こと、俗身は捨てて無常の観念しきった身であるの
 だから、道端で死ぬことは、天命であるというもので
 ある。気力を取り直して、道を縦に横にと踏み続けて
 「伊達の大木戸」を越す。


○桑折宿・・・方圓寺近くの巨木
写真が見つからない。
 確か芭蕉の句碑があったはずなのに〜〜〜。

 

「風流の 初やおくの 田植えうた」
※須賀川で詠んだ句である。
「鬼婆と 怖き伊達様 桑折宿 
    我を励ます 緑の若い穂 」
 箕輪初心 

桑折西山城・・・【奥の寄り道】
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 観音寺から500m程行った所の城・・・
 伊達政宗の祖父の城
桑折一族は宇和島藩でも、家老である。
桑折西山城の紹介もいつになることやら??


○国見
●国見SA
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★桑折西山城・桑折宿・伊達市が見える。


中村の相馬
行くはずだった相馬焼・・・陶芸師匠が下見した
のに〜〜〜。
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群馬県東吾妻町に避難していた方も相馬の方が
200名近くいた。3月〜9月まで、いらっしゃった。
2008年
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2011年
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2012年、相馬馬追祭りが復活してよかった。

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 (★TVの画像より)

○伊達の大木戸
・文治5年(1189)藤原泰衡 VS 源頼朝

○藤田宿・・・





★明日は、東日本大震災の被害が凄かった場所だ。
 ちょっといやだなあ。

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