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zoom RSS 箕輪初心◆海外 61ミャンマー【パガン仏教遺跡】など

<<   作成日時 : 2012/07/09 04:44   >>

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昭和16年(1941)01月20日・・鈴木敬司大佐を長とする
秘密工作員南機関を設立。日本に味方するインド人部隊を創設。
海から、マラッカ→リチュリーロック→ラングーンヘ
陸から、タイ北部チェンマイ→ミャンマーのラングーンヘ

昭和17年(1942)になると・・
03月08日 日本軍第15軍がビルマ(現ミャンマー)の
       ラングーン(現ヤンゴン)占領。
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@ルートA ラングーン→ブローム→ミンギャン→ホマリン
AルートB ラングーン→ペグ→トングー→マンダレー・・

★途中に日本軍の造った水色の橋が未だに使われていた。
マンダレー近くにある鉄橋である。
05月01日 日本軍第18師団がビルマ中部のマンダレーを占領。
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05月04日 日本軍がイギリス領ビルマのアキャプ占領
  ※目的・・ビルマから中国への物資援助ルートの遮断。
     →ビルマ制圧を完了=南方作戦を完遂。
       ビルマの中国軍が撤退開始。
05月08日 ビルマの完全制圧・・多数の犠牲を出して。

★私はマンダレー近くの日本人の寺&墓に詣でた。
ペグーの寝釈迦前で万歳を三唱した日本兵
ラングーンで官邸前で歓声をあげた日本兵

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後に、ビルマ独立義勇軍の中から日本軍抗日運動に変わって
いった。中心人物はアウンサン(スー・チーさんのパパ)
であった。・・・スー・チーさんは今どこに? 



◆◆ アウンサン・スー・チーの生涯 ◆◆
・1945年 ビルマ、ラング−ン生まれ。
    「ビルマ独立の父」アウンサン将軍の娘。
・1957年 高校入学(ヤンゴン)
・1960年 母キン・チ−のインド大使着任に伴いインドへ。
      レディ・シュリ・ラム・カレッジに在籍。
・1962年 デリー大学で政治学を専攻
・1964年 オックスフォード大学
      哲学・政治学・経済学を専攻。
・1968年 ロンドン大学アジア・アフリカ研究所政治学助手。
・1969年〜71年  ニュ−ヨ−クの国連本部勤務。
・1972年 オックスフォード大学のマイケル・アリス氏と結婚。
      (ヒマラヤ文化研究家=大学時代の知己・後輩)
      結婚後はブ−タン、ネパ−ルに滞在。
・1973年 長男:アレクサンダ−が誕生。
・1977年 次男:キムが誕生。
・1985年〜86年 京都大学東南アジア研究所客員研究員。
     日本に滞在。
・1987年  ロンドン大学アジア・アフリカ研究所。
・1988年8月 母親の見舞いのために帰国。民主化運動に参加
    「建国の父」の娘として伝説であった彼女がビルマに
     戻っていることを知った民衆は、民主化運動への
     合流をアウンサンスーチーに要請。
     シュエダゴンパゴタで約50万人の民衆を前に初めて
     政治演説。
    9月「国民民主連盟」(National League for Democracy)を結成。
      総書記に就任。
・1989年7月 国家防御法違反により自宅軟禁
・1990年5月 総選挙ではNLDは80%を越える議席を獲得
       しかし、軍事政権はこの結果を無視。
・1991年3月 NLDにより総書記を解任。
・1991年10月 ノーベル平和賞受賞。・・・出席できず。
・1991年12月 NLDにより党籍を剥奪
・1995年7月 刑期満了のため自宅軟禁解除
・1995年10月 NLD総書記に復帰。
・2000年9月 軍事政府により自宅軟禁。
・2002年5月 自宅軟禁=行動制限措置解除。
・2003年5月 地方遊説中、当局の拘束下。
・2003年9月 手術のため、入院。退院後、自宅に移送。
・2007年9月 軟禁先を自宅からインセイン刑務所に移館。
        イブラヒム・ガンバリ国連事務総長特別顧問と
        1時間にわたり会談。
・2008年4月 アメリカにて議会名誉黄金勲章授与法案可決。
       前夫が外国人のアウンサンスーチーの被選挙権を
       事実上剥奪。
       諸外国の抗議&軍事政府は撤回。
・2009年5月 アメリカ人の男が自宅に侵入。
       軟禁条件違反及び「国家転覆防御法」違反の罪で起訴。
       ヤンゴン市のインセイン刑務所内の裁判所で裁判開始。
       前日には、ニコール・キッドマン、ブラッド・ピット、
       デビッド・ベッカムら著名人44人が、アウンサン
      スーチーの訴追に反対する共同声明を発表。 
      アウンサンスーチー率いる野党・国民民主連盟(NLD)
      が刑務所周辺で抗議行動。
      タン・シュエの軍事政府は軟禁解除。
      8月 国家転覆の罪で禁固3年の実刑を
         言い渡し、再度の軟禁状態。
・2010年11月 軍事政府が軟禁を解除。
        アウンサンスーチーは政治活動の再開。
・2011年6月 軍事政府は活動停止を通告。
・2011年8月 アウンサンスーチーはバゴーで歓迎を受けた。
        地方都市での政治活動を再開。
・2012年1月 国民民主連盟中央執行委員会議長に選出。
       フランスのサルコジフランス大統領が、レジオンド
       ヌール勲章コマンドゥール(3等)の授章を伝えた。
     1月 パキスタンのアースィフ・アリー・ザルダーリー
       大統領より、ベナジル・ブット賞を授与。
     2月 国際連合教育科学文化機関がマダンジート・シン賞
       を授与。
・2012年4月 ミャンマー連邦議会補欠選挙にNLDより立候補。
       当選。
    5月 正式に議員に就任。
・現在   軍事政府からの「移動や外部との接触禁止」など実質的
      軟禁状態が続いている。


◆◆ リチュリーロックのダイビング(タイ→ミャンマーへ) ◆◆
  太平洋戦争の日本軍侵略の海コース
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◆◆ 箕輪初心▼ スミラン・リチュリーロックダイブ ◆◆   
http://53922401.at.webry.info/201111/article_14.html

ミャンマーの5王朝巡りの企画手配旅行7日間   
*事前準備
@パスポート・・・ミャンマー大使館にビザ発注。
Aおみやげ・・・醤油・みそ・わさび 
B両替1100ドル=129900円
C旅行企画1(株)ATB ネイチャーワールド・・
  往復航空券
  TEL03-334-6770 川本直也
A旅行企画2 Sanay travel and tours Co.,Ltd.
 (ミャンマー現地日本人経営)・現地旅行
  RoomNo5,Buildin(c),5F,Nyaungpinlay Plaza, Lanmadaw
  T/S, yangon, Myanmar
    TEL 95−1−228155    
  担当 西垣充 メール info@yangonow.com


◆平成18年(2007)3月26(日)〜4月1日(土)
【1】3月26日(日)1日目
6:30 高崎・・・(新幹線)・・スカイライナー
9:00 成田第2 H33カウンター   
11:00成田TG641→(バンコク)     
   映画・・イオンフレックス/ハリーポッター炎のゴブレット
16:25 バンコクでトランジット
18:10 バンコク乗り継ぎTG305
19:00 ヤンゴン 両替・・・ 
   運転手が「100ドル、替えてやるよ。」 
  100ドル=119000K(チャット)  
  1000K=100円
20:00 ユザナホテル  95-1-549600  
   シェダゴォーンパゴタビューで35$
    130,Shwe gondine Road,Bahan Township,Yangon   
    *SANAY travel の社員に855$  
21:00ビール屋・・・ビール・カシューナッツ 2300K  
地元民がイギリスのサッカーを見ていて、大興奮。
23:00ホテル  睡眠


【2】3月27日(月)2日目
05:00 空港送迎   シェダゴォーンパゴタビュー
05:30 空港・・・・荷物運び500K・受付500K
06:00 ヤンゴン
   エアマンダレー411からエアマンダレー401  95$   

07:35 バガン空港 出迎え 8:00 
@空港近くの村
 ・油絞り・・・牛に木の臼を引かせて落花生やごまから
油を絞る。イエメンでは、ラクダに円を描くように回させる。      
  日本では、昔は菜種油を石臼でひいた。 
 ・砂糖作り・・・「シュロ」といっていたが、日本のシュロと
は違う。砂糖椰子の雄花・雌花の一部を切って、
吊した壺に集める。
  壺にいっぱい汁がたまると、煮詰めて、砂糖にしていく。
 ・酒造り・・・・この木の花から発酵・蒸留させて作る。
       酒を購入400K    

09:30
A▲ポパ山736m ナッ神を祭る祠     
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参道の入り口には、花売りが多い。
 10分程行くと、尻が赤い猿が我が物顔で遊んでいる。
  急階段を登った。梯子も2カ所登った。やっと、頂上だ。
  参拝客が多かった。ミャンマー人は信仰熱心な国民だ。
 
 ▼下山・・・
  友達:マーちゃん家の新築祝いのおみやげを買った。
  チーク材の木彫り女性50cm・・・30000K
  ガイド「ミャンマーでは、香りの
白檀→チーク材→黒檀→紫檀→たがやさん」
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10:30移動    

11:30ニャンウー
 ・マーケット・・・ワニのハープ購入 80$→50$  
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 ●昼食「グリーン エレファント」・・・
   高級レンストラン
   エビの甘辛煮、野菜炒め・ビールで8000K(800円)


Bバガン(元世界遺産)観光
 ・タクシー代30$・日本語ガイド代35$ 
(現地でタクシー予約20〜25$)
  旅行社勤めの日本語ガイドは1日140000Kだから
10倍値段。俺は35$なので、会社の30$のもうけだ。
 
 ★11C〜の城砦都市国家である。城壁に囲まれている。 


 ●アーナンダ寺院・・・1090年創建。4体の仏像中、
    北・南は創建当時のまま
    遠くから見ると微笑む仏像。
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 ●タラバ門・・・9C創建。
  ★「これに続く城壁も朽ち果てていて歴史が感じられる。」
 
 ●シュエグヂー寺院・・・1131年創建・・・
  *「元世界遺産が一望できる。ここは2日間いてもいいな。」
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  ●ゴードーパリィン寺院・・・2番目高い55m。
   ミンガラゼティ寺院の代わり 
   *「今まで一番、景色がいい。来てよかった。」
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 ●ダマヤンヂー寺院・・・12C創建。
   父と兄を殺した王が贖罪のためたてた。
   *「形がきれい。」・・・バガン最大の寺院。
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 ●スラマニ寺院・・・1181年創建。
   東西南北の仏像は創建当時のまま。
    *「テレビに出ていた寺だ。」
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17:40
Cイラワジ川サンセットクルーズ観光10$
   ・川で、お母さんは洗濯とお風呂、子供は水浴び。
   ・ガイド「エーヤワディは最大の川。イラワジは
        ミャンマー命の意味」

19:30 夕食「    」・・・
  エビの甘辛煮・野菜炒め・チャーハン他8000K
   ・人形劇が楽しい。
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21:00 ヤキンータホテル    95-61-60051
4Qr, thiripyitsaya Qr,Nyaung Oo Township,Mandalay    
TV・・・日本のブラジル移民のドラマ 


【3】3月28日(火)3日目
06:00バガン散歩   
 ●アーナンダ寺院  
*「朝の世界遺産、渋いね。」  
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  若者にホテルにバイクで連れて行ってもらった。 

08:10バガン発AMエアマンダレー401→マンダレー

08:40マンダレー着   
  


Dアマラプラ観光  1783年〜1857年の都
 ●ウペイン木道・・・・
    市長が川岸と川岸を結ぶ高さ6mの木道を建設
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 ・朝食・・椰子の実ジュース800kとエビ天ぷら150K
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 ●マハガンダヨン寺院・・・
   最高権威の僧院。修行が一番厳しい。
   1100人の坊さんは1日2食。調理した肉は食べる。 


Bサガイン観光    1315年〜1364年の都 
          1760年〜1764年の都
 ●サガイン鉄橋・・・
   日本軍が攻めて来るというのでイギリス軍が一部崩壊。

 
 ●カウンムードパゴタ・・・おっぱい型のドーム
 
 ●サガインの丘・・・ 死亡・墓    
  *メイッティーラ・・・日本軍VSイギリスインド 
   10万人死亡
    「おーい、水島。日本軍VSイギリスインド交戦中。
    水島は竪琴で羽生の宿を弾く。
    イギリス軍との戦いが中断。
    ・・その後、残った水島は、赤い袈裟に黄色の布を
    着て身分は高い僧になりすまし行脚する。」
  「ビルマの竪琴」(井上靖)
    主演 中井貴一・・・だったっけなあ。

 
 ●日本人の慰霊碑とパゴタ・・・香川県     
   実際の戦地はミャンマー北西部の反政府地区のため、ここに建設。
 
 ●サンウーポンニャーシンパゴタ


Fマンダレー観光  最後の王朝1857年〜1885年
  昼食「La SHIO LAY」シャイ料理 
5000K 油っぽさが少なくて、おいしかった。
 
 ●大理石工場
 ●マハムニ大仏(最大の大仏)・・
    鈴木さんの鎌倉大仏の寄進。
   ガイド「ラングーンをイギリス人がヤンゴンと発音。
     ミャンマーは、はやくて丈夫の意味」
 ●金箔工場
 休憩 マンダレーシティホテル111号室   
    暑い(41℃)ので休憩
 ●ゼェジョーマーケットへ一人で散歩
 ●王宮・・・ミンドン王 
 ●シェナンドー寺院・・・木造の僧院。彫刻が見事。古いまま現存。
 ●クドードォパゴタ・・・世界最大の石の教典
 ●マンダレーヒル ・・・夕日鑑賞 
   脇田さん68歳:新聞記者としてベトナムへ従軍 
    メール waki232@viola.ocn.ne.jp

 ●夕食「シュンペーサイ」(地球の歩き方に記載)  
   焼き魚・イカ ビール   3500K
 マンダレーシティホテル    
 
●マンダレーシティホテル    
  95-2-61700  2
  6th, Street between 82nd+83rd Street:Chan Are
   Thar ZanTownship, Mandalay Division 



【5】3月30日(木)5日目
朝食後、マンダレー空港送迎    

08:35マンダレー (ヤンゴンエアー918) 

09:20ヘーホー     観光客は10$

Gヘーホー観光
  ●ヘーホーマーケット・・・
   5日ごとにマーケットが開かれる。5カ所ある。
   ガイド「パオ族は母が竜のため、黒の服を重ね着している。」
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  ・リコンファーム
 *ヘーホーから50km・・・ビンダヤ


Hビンダヤ観光
 ●昼食「MENTU」・・・・ポートロー湖のほとり 
日本人学校の先生「現在40名の子供がいる。・・・」 
 
 ●洞窟寺院 ・・・18C創建。エレベーターを登ると、入り口へ。
 
 ●紙・傘の工場  紙は麻の繊維を使用  
    傘は竹(40年前の日本の傘)
 *ビンダヤから50km・・・カロー


Iカロー観光  トレッキング・・・村巡りが有名。
  ・町でワインをプレゼントされる。700k
 ●カローヒルホテル・・イギリス避暑地の名残。
 ●キリスト教会と孤児院
 ●洞窟寺院
 ●竹の大仏・・・
  ガイド「パラワン族の村へは3時間。パオ族の村へは5時間」
  
 *カローから100km・・・ニュアウンシェまで


Jニュアウンシェ
 両替 40ドル=112000K×4
 アメイジングニャンシュエホテル  95-81-29079   
  Yonegyi Street, Nyaung Shan Ayeyawaddy.
 ●夕食はホテルのレストラン「   」
    エビ・魚・ビール   8008K
 
 ●フーピンホテル見学
  ・シャイ族の服
  ・お気に入りのかわいいホテルの受付
   少数民族のお嬢さん・・日本人みたい。
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  ・ホテルを建築したミャンマー人・・・・
    広島大学建築科(8年日本に在住)


【6】3月31日(金)6日目
06:00 
●ニァゥンシュエのマーケット・・・部族集結

J首長族(    )3人
  (14歳・14歳・45歳)と撮影 3$
   ガイド  「9kgの首輪しているので、肩が下がり、
   首が長くなった。首輪は虎に襲われて殺されない
   ため、6歳から始める。
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Kインレー湖の水上生活
   船はフーピンホテルの持ち物だ。
   5人乗りスピードボートだ。
  川を6分で下ると、インレー湖に入った。
  インレー湖は南北の22.4km、東西に広い所で11.9km。
今は乾期なので湖は小さい。水深2,5m。
 ・ガイド「雨期には水位が4m位あがる。床まで水につかる
のはだいたい4年に1度なので、高床式の家をもっと
高くする。」 
 ●インダー族の船・・・右手で櫂の上を持ち、足を櫂に絡ま
   せて足で船を漕ぐ。
   大きい魚(鯉?)取り方・・・
   大きな竹のビンドウの内側に網をつけ、上から竿でつつ
   いて魚を追い込む。チップは200K
画像


 
●水上マーケット・・・


 ●銀の工場・・・銀の加工   
   銀の鯉18$→14$で購入。   

 ●ファウンドーウーパゴタ・・・インダー族の村最大。

 ●絹織物工場・・・糸から染色、機織りの大工場    
 
 ●葉巻工場・・・・30人の女工(12歳〜20歳)


 ●焼き物の実演コーナー・・・俺も作った。
  肌理が細かい土だった。左手でろくろを回し右手で作る。
  大きい物は両手。
 ・ガイド「南に村がある。100家族500人。」    

 ●漁師村の横の水路を通って行く。
 
●昼食「綿織物屋2階」 魚・チャーハン・ビール 5000K
 
●ガーページョン寺院・・・・ジャンピング猫寺院
  観光客は俺しかいない。ガイドが頼んで、猫の輪くぐり
を4回見せてくれた。
 ・ガイド「日本の学者が200年後にインレー湖は干上がって
しまうと断言。」
 ・ガイド「水草取りは水路を造るため・・・でも、一艘1000K。
取った水草は、豚のえさと肥料。」
 ・ガイド「畑は人工浮島。トマトやキュウリを作っている。
大人気の商品。ホテイアオイの上に土を1m位入れる。
端は木で固定して動かないようにする。5年〜6年
すると、下のホテイアオイが枯れて、土も下に沈む。
    これを続けると、完全に島になってしまう。そのため、
    新しい浮島の建設は禁止された。」
 ・ガイド「魚の種類は40種。」
 ・ガイド「最初に入ってきたのは、海で魚を捕って暮らして
    いた○○族で、シヤイ族の王に願い出て4つの村が最初に
    作られた。」

車で移動50km

ヘーホー空港 

16:00 ヘーホー(エアマンダレー501)502便から変更。
バガン行きも変更内容。
   マンダレー→バガン→ヤンゴンで2時間30分

19:20ヤンゴン着
ユザナホテル  95-1-549600  
130,Shwe gondine Road,Bahan Township,Yangon
 
シュエダゴォンパゴタの夜景・・・・きれい。

 ●夕食「ふるさと」ユザナホテル斜め前
   アジの焼き魚、チャーハン、日本酒、ビール 8500K


【7】4月1日(土)7日目
Lヤンゴン市内観光
  ●シュエダゴォンパゴタ・・・・5$  
    「聖なる黄金の塔」の意味。99.4m
  北門。6時半というのに大勢の人が参拝。双眼鏡で上の飾り
は76カラットのダイヤや他のダイヤモンド・ルビー。
  シュエダゴォンパゴタ・・・・近道は5分だった。 
 
・朝食後、1時間待つ。 
 
 ●スーレーパゴタ・・・「聖髪の塔」の意味。46m  
 
・車で移動   インド人街・中国人街

Mバゴー市内観光 
  6Cの村→13C〜16Cモン族の首都→1757年崩壊
 ●焼き物の村・・マンダレーからの出稼ぎ家族労働者が多い。
   5家族くらいいた。
  ・土は近くから。土練りはしないらしい。
  ・ろくろは一人が回して、もう一人が成形する。
  ・陰干ししてから、窯に詰める。・窯は高さ3m。
     直径6mお椀型おっぱい型の煉瓦づくり。
   2〜3度の傾斜で日本の穴釜や登り窯より傾斜が少ない。
   大きい植木鉢(直径60cm)を500個作るという。

  ●シュエモートパゴタ・・・994年創建。
   18Cまで増築。廃墟。
   20Cのイギリス人鉄道建設で発見。大地震で崩壊。
   1954年再建。114mでミャンマーで最高の高さ。
 
ビンタゴン・・・景色の良いパゴタ
    おばあちゃんたちに1000Kの寄付・・・
    喜ばれた。母みたい。

 ●昼食「チョウソワ」・
   ダウンタウン(地球の歩き方に出てない)
   ★チャーハンがうまい。
    梅の魚焼きがお勧めだが良い魚がない。 
 
 ●シュエターリャウンパゴタ・・・最大の寝釈迦。
 
 ●チャイプーン・・・1476年創建。4面仏の高さ30m
 
 ●ヤンゴンシティマート・・タマリンドやマンゴーのお菓子
   を購入 6000K
 

20:00 ヤンゴンTG306→バンコク   50分遅れ
  スチュワーデスに「時間がない。連絡しくれ。」
と頼むとビジネスにしてくれた。

22:15 バンコク空港   

23:10バンコク乗り継ぎTG642    


【8】4月2日(日)8日目
07:30成田    

★もう写真が入らない。
  

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箕輪初心◎2013春の京都A仁和寺&竜安寺&金閣寺
★今日は、平成25年(2013)3月28日、D仁和寺〜E竜安寺〜 バス1〜F金閣寺〜バス2〜G北野天満宮〜を辿ってみよう。 洛西のメジャーな寺であるが、高校生の修学旅行以来であっ た。今は忙しいので、載せておくことにしよう。 D仁和寺 ...続きを見る
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2013/04/12 06:44

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