城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行

アクセスカウンタ

zoom RSS 箕輪初心■鹿児島:薩摩焼の歴史&第14代:沈寿官先生

<<   作成日時 : 2011/09/18 06:51   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

@おいら=箕輪初心は群馬県の安中自性寺焼の青木昇先生にお世話に
なり、陶歴は27年になる。磁器や半磁器の土を使って作陶している。
磁土を使った薩摩焼には非常に興味がある。当時、20年目であった。

A映画「眠狂四郎」の中で、眠狂四郎=市川雷蔵vs沈寿官=勝新太郎
 の桜島決戦が頭にこびりついているのだ。

画像


※薩摩焼の美山地区は、鹿児島から西へ約20kmの所にある。

薩摩焼訪問記・・・平成18年(2006)5月6日
【4日目】平成18年(2006)5月6日
 ・N直ちゃんは博多に旅行。
07:00鹿児島(泊)東横イン・・
    ・飲み屋で携帯をなくしたかと大騒ぎして探しまくった。 
    ・朝食・電話・・・インターネット無料だった。
 ※Hpでは陶磁器・・・竪野系、龍門司系、苗代川系がある。
   「主な窯場 
       姶良市・・龍門司窯
       日置市(旧東市来町)・・苗代川窯
       鹿児島市・・・長太郎窯・・・・・など。
     「白もん」と呼ばれる豪華絢爛な色絵錦手の磁器。
     「黒もん」と呼ばれる大衆向けの雑器。・・がある。」とあった。
08:00 鹿児島→伊集院
09:00 一宇治城跡(鹿児島以前の島津氏の居城)
 ★島津義弘の城から5kmほどの近場に苗代川窯があるのだ。
09:30  美山の薩摩焼散策 
     美山・・・苗代川窯→薩摩焼の窯元12軒あり。
画像

   @荒木陶窯・・・苗代川焼の伝統工芸家・・大きな賞受賞
画像

画像

画像

画像

   A沈寿官窯・・・登り窯(大口+部屋6)
画像

画像

14代夫婦+15代夫婦+工場に20人+店3人
画像
 
   収蔵館・・・初代〜14代
画像

画像

画像

画像


   ●美山陶遊館・・12窯作品展示販売
画像

画像

画像

   ●400年記念窯/韓国の炎
画像

   B十郎窯・・・・・・ちょっと見ただけ。
画像

   C炎舞陶窯・・・・書き落としなどもある。
画像

   D佐太郎窯・・・・しまってた。

   *調所笑左衛門の墓・・・幕末期に薩摩藩財政立て直しに功績
画像

   E千窯岩・・・・・・元陶遊館先生。ランプシェードが得意。
  
   F未来薩摩圭介窯・・・オブジェ風の△20面体・五角形何面体。
画像

画像

   G永吉窯・・・・・・均窯・テープで貼ったところに別の釉薬使用。
画像
 

  *再び、薩摩焼(沈寿官窯)
 @襖のとって・・・2830円
画像

  A14代沈寿官大先生(80歳)と話30分
   ・「来月、群馬の図書館のツアー30人来窯。
   ・ 安中の保育園の園長吉田氏は20年の友。
     群馬の植物の話・・・アツモリソウ・ヒイラギソウ。
   ・ 乾燥は気になって旅行には行けないので、近くを散策。
     作品には、自然の花をモチーフにしている。 
   ・柴田練三郎の眠狂四郎の中に沈壽官が出てくる話
      「先生は空手3段。若い頃は身を守るために?」
   ・収蔵館の建設秘話・・・天皇家女性の来窯に伴い20年前に建設
   ・俺の趣味は焼き物・・・「ライバルだね。」と言われた。
      美山は先生の窯が目的です。・・・など
   ・俺の職業の話・・・・など
  
  B本「故郷忘がたく候」にサインもいただいた。沈先生に感謝。
   「○○○○学兄   山川異域   月日同天    」 
         平成18年5月吉日 陶工14代  沈壽官 印 
 
   「★こんなことってあるんだ。」
画像

  C写真を撮らせて頂いた。 
   「先生は、なぜ、私のような者に声をかけてくださったのだろう?」
   ★感動しすぎ。もう、帰ろうっと。来たことに価値がありすぎ。
画像

   ★Hpに先生の写真の掲載してもよいとの許可も得た。   
  
  ●福島釉薬・・・俺も使っている粘土屋さんがここにもある。
   ★がっかり。だって、科学的に調合した粘土会社であるからだ。
     つまり、地元産の土は大名人のみが使えるってことか?

12:30 伊集院IC→鹿児島IC  
  
    ・水族館・・・混みすぎて入れなかった。
14:00 磯庭園・・・・・2つで1000円   
     2代島津久光の作らせた庭園
   昼食・・・黒豚ラーメン850円。旨かった。
   尚古集成館・・島津斉あきらが幕末に洋式機械工場を造らせた所

15:30レンタカー返し(鹿児島空港)
16:00空港 岡部夫妻と合流・・一緒でないと入れないそうだ。
17:00 福岡 JAL1874  予約番号0203
18:40 羽田   高速バス   10:15家
「O夫妻に感謝。N直子嬢に感謝。沈壽官先生に感謝。
 九州の多くの方に感謝。そして、偉大な山に感謝。
 ・・・・自分に感謝。」
 ★こうしてGWの旅行は終わった。

■薩摩焼の関連知識
【1】豊臣秀吉の朝鮮出兵の副産物=焼き物文化
豊臣秀吉の2度の朝鮮出兵は文禄の役(1592)&慶長の役(1597)である。
豊臣秀吉の朝鮮出兵を韓国では、『壬辰倭乱』と呼んでいる。豊臣秀吉
が捕虜として連れて帰った陶芸師によって、日本の陶磁器業は飛躍的に
発展した。萩焼・上野焼・高取焼・唐津焼・平戸焼・有田焼(伊万里焼)
・八代焼・薩摩焼などである。→ここから影響を受けて九谷焼・瀬戸焼
・清水焼・砥部焼などが作られていったのである。
画像


【2】薩摩焼の歴史&繁栄
・慶長2年(1597) 豊臣秀吉の慶長の役に、
        第17代薩摩藩主:島津義弘が出陣。
・慶長3年(1598)島津義弘は朝鮮から約80名の陶工を連行。
        40余名が鹿児島の串木野島平に着船。
・慶長8年(1603)串木野から伊集院郷苗代川(現美山)に移住。
        薩摩藩の保護の下で開窯→薩摩焼の発生。
        薩摩藩は陶工を優遇。→武士に登用。
 →李朝の陶芸を継承した陶芸技が向上。
@白薩摩(白もん)・・・藩主専用の御用窯である。
 日置市(旧東市来町)美山地区苗代川窯で焼かれていた陶器。
 金、赤、緑、紫、黄など華美な絵付を行った豪華絢爛な色絵
 錦手が主である。優雅で気品に満ちた作風である。
 元々は苗代川焼と呼ばれていて、薩摩焼ではなかった。
A黒薩摩(黒もん)・・・一般大衆用の日用雑器の陶器である。
 鉄分の含有量が多いため、酸化して、黒くなる。
(※第一酸化鉄&第二酸化鉄)
 黒ヂョカ(茶家)と呼ばれる土瓶は焼酎の飲用陶器。
・慶応3年(1867) パリ万博・・・
  美山で焼かれた白薩摩「錦手大花瓶」が絶賛。
  薩摩焼は「サツマウエアー」としてヨーロッパで名声を博す。

・明治維新(1868)まで・・・260年間程、薩摩藩が庇護。
・平成14年(2002)1月 国の伝統的工芸品に指定。
・現在  美山には12の窯元がある。
     ★薩摩焼約400年の歴史が今なお息づいているのだ。
            
【3】薩摩焼:沈寿官14世=酒井学氏
・昭和5年(1930) 西之表市東町の菓子店に生まれる。
・昭和27年(1952) 鹿児鳥大学を卒業。
    →鹿児島県で高校の英語教師。
・昭和63年(1988) 妻の死亡。退職。
          新聞記者の息子とともに千葉県佐倉市へ。
  ※沈寿官をモデルとした司馬遼太郎の小説
  「故郷忘じがたく候」の問題点を公表し有名になった。
画像

画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
箕輪初心■鹿児島:薩摩焼の歴史&第14代:沈寿官先生 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる