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zoom RSS 箕輪初心★★群馬の偉人:高山彦九郎C現代版「旅日記」

<<   作成日時 : 2011/06/23 19:45   >>

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★高山彦九郎は、江戸時代末期の尊皇論者第一号である。
幕末期の尊王論に大きな影響を与えた人物である。
★高山彦九郎は、江戸や地方の学者を訪ねて旅をした。
25) 「天明京都日記」 天明2年11月18日〜天明3年4月3日  
   ※約5ヶ月間京に滞在。公家・盟友と交流。
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 (銀閣寺:東求堂)
   ・記事は皇居への訪問・学校建設運動。
   ・祖父への神号下付請願&公卿及び盟友との交遊
   ※京都→大阪→
    播磨・・・姫路城
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    :龍野→高砂→大阪→京都・・・・。

天明3年(1783)  ●京滞在  →正月禁裏で節会を拝観。

26) 「天明京日記」   4月3日後半〜7日 
  ※帰京の途までの諸祭具準備や知友との送別などを記録
  ●天明京都日記→祖父の神号を吉田神道家から拝領。

27) 「天明下向日記」 4月7日〜5月3日  
  ※京都・・・
   ・・(中山道)・・
  ※彦根
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  →武州台村:親族全員集合までの記録。

28) 「高山正之道中日記」  9月3日〜15日  
  ●祖父の神号を屋敷に祀る許状認可のための旅
  江戸→・・村井古巌(呉服書籍商・国学者)
  ・・(東海道)・・・
  ・尾張:熱田神宮
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  ・尾張:明倫堂:「細井平洲」を訪問・・・・
  ・伊勢神宮・・・
  ・京都へ〜〜〜〜。
   10月22日 再び入京。

29) 「再京日記」 10月22日〜11月21日  
   ※京都→
    大阪→
    奈良
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    (唐招提寺)
    →京都
   祖母:「りん」の寿号を吉田家より宣下。 
   多くの公家・諸氏と交流。

天明4年(1784) ※天明の大飢饉=諸国飢饉、農民流亡のため農村荒廃。

天明5年(1785)
30) 「小俣新社参詣記」 7月2日・3日
  ※細谷→太田→太田:大山阿夫利神社(=石尊神社)→細谷

31) 「北上旅中日記」   ・・・7月13日〜7月18日  
  ※細谷―大間々―利根郡大原村(=老神)―大間々―細谷
     金子重右衛門照泰(沼田藩土岐家の御絵図師)を訪問。
     ・天明の大飢饉絵図に感動。
     ・途中、天明3年の飢饉の惨状を記録。
     ★栗沢川には、間引きのため、子どもの死骸があったという。
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  (「滝は吹割 片品渓谷」)                             
●三女の「りよ」生まれる。
※林子平「三国通覧図説」刊行。※前野良拓「和蘭訳筌」。  


天明6年(1786) ●祖母「りん」が死去。(88才) 
・・・3年間にわたる服喪開始。

天明7年(1787)
32) 「墓前日記」 6月1日〜6月29日   
●祖母「りん」の服喪11ヶ月目を記録。
   高山彦九郎は墓前に草屋を建てた。
   自分の態度や子妾・親族の墓参の状況・世人の往訪を記録。
  ※5月 江戸・大阪などで打ちこわし
     →松平定信が寛政の改革を開始。
    ・・・きびしい倹約令。
  ※12月  本居宣長「玉くしげ」。

天明8年(1788) ●祖母「りん」の服喪。
  ※3月 大槻玄沢「蘭学階梯」刊行。
  ※6月 田沼意次が没

寛政元年(1789) ●6月12日 喪屋で、服喪終了。
33) 「寛政旅日記@」 10月3日〜11月22日  
※兄:高山専蔵の訴えで、入牢生活。
   10月3日 江戸で入牢
   ???? 出獄・・・
   ・前野良沢(中津藩蘭学者・蘭方医)
   ・梁次正(中津藩士江戸詰・軍学者)と交遊。
   ●これ以降、細谷村へは帰ることなく、旅を続ける。

34) 「寛政旅日記A」  11月30日〜12月30日 
    ※兄:高山専蔵との不和→財政的基礎喪失した。
          →高山彦九郎の生活苦の日記。
    ※前野良沢邸宿泊・・・毎日のように友・学者と交遊。
  8月 尊号宣下の「御内慮」幕府に伝えられる(尊号廷議一件)。

寛政2年(1790)
    ※5月 寛政異学の禁
     幕府は聖堂において朱子学のほか異学を講究することを禁止。

35) 「寛政江戸日記B」 5月1日〜6月7日
  江戸に滞在。
  房総・奥羽・蝦夷地の旅行の計画&
      江戸の木更津河岸から出発するまでの記事。
    ※大槻玄沢・・
    ※前野良沢・
    ※桂川甫周・
    ※佐藤源六・
    ※長久保赤水・・・
   海外事情の種々の情報を入手し、諸友に見送られて出船。

寛政3年(1791)
 3月28日 緑毛亀を持参・・→仙洞御所を訪問
    ※林子平「海国兵談」刊行。

36) 「北行紀行」 6月7日〜11月30日
  「江戸―木更津―水戸―米沢―宇鉄―仙台―日光―前橋―中山道―京」
 ●江戸滞在中に房総・奥羽・蝦夷地を単身訪ねる決心。
 ●房総:木更津から津軽三厩を目指し長い旅に出発。
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    (金谷港)
 ●水戸  藤田幽谷・・・
       立原翠軒・・・
       木村 顕・・・
     【水戸光圀】(水戸講道館)

 ●米沢  
       のぞき太雅(米沢藩町奉行・中老・奉行)会談。
     上杉鷹山から差し入れ。
      (米沢)                               
      (米沢城)
 ●津軽・・・アイヌの反乱。※蝦夷地に渡ることを断念。
 ●南部領
 ●仙台  林子平と対談。天明の飢饉の惨状を記録。
 ●帰途・・細谷に寄らず、京都に急行・・
・光格天皇新皇の居還幸の儀式を見るため。
  ・この旅以降、細谷には戻らず、最後の長い旅に出発へ。

37)寛政江戸日記C  寛政2年12月1日〜寛政3年7月18日  
彦九郎最後の旅。
  ※京都・・伏見・・・京都
  ※京都・・鞍馬・・・京都
  ※京都・・比叡山・京都
  ※京都・・伏見・・・京都 
 ■光格天皇に、「高山彦九郎」の名が轟く。・・・会見。    
 5月22日 「八木春堂が詩を持ってきた。」
 5月26日  富小路貞直卿に面会
 6月11日  芝山家で逗留。
 6月13日  平松家・綾小路家へ
 7月2日   大村彦太郎と会見
 7月17日  西洞院信庸卿より・・
   ・緑気亀摺り物500枚を使って尊皇運動を推進依頼
 7月18日  →公家に会見。伏原宣篠(のぶえだ)・冷泉為泰
        ・岩倉具選(とののぶ)など大者6人
 7月19日京都発・・(山陽道)・・下関・・門司・・筑後久留米
  ・・筑前福岡・・・肥前長崎・・筑後・・・肥後熊本(推定)
  (※京都〜熊本間の約5ヶ月の日記は見つかっていない。)

寛政4年(1792)
37)「筑紫日記@」1月1日〜7月5日
(ただし、6月5日末から10日前半欠)
   ※熊本→人吉→高鍋→水俣→鹿児島→宮崎→高鍋
  1月1日 熊本 藪弧山(儒学者・熊本藩時習館教授)宅で元旦。
      ・高本紫めい(儒学者・熊本藩医・熊本藩校時習館教授)
      ・富田大鳳(熊本再春館師範・儒医)と交遊。
  2月6日 堅志田・・・釈迦院・・・岩下・・・
  2月9〜23日 熊本・・・
  2月24日 熊本出発・・・宇土・・ 松橋・・小川・・宮地
  【熊本城】
  2月28日    八代・・・3日間
 閏2月2日     坂本・・・ ~の瀬 小川 
  2月5/6日 人吉・・(米良街道)・湯前・・小川・・
        ・九州山脈を横断・・・日向深山の米良・・・
  【人吉城】                                   
(五木村)
  2月12〜15日 日向:高鍋・・美々津・・坪谷・・名木・
           ・尾崎・・・大河内・・・
  2月21・22日  市房山登山・・再び九州横断・・(人吉街道)
  2月24・25日  人吉・・佐敷・・(薩摩街道を南下)・・水俣
  2月29日〜3月2日 野間の関・・・
  3月3日・4日    水俣  
  3月5〜10日   米ノ津
  3月11〜19日  出水 
  3月20日     阿久根・・高城・・向日・・市来・・伊集院・・   
  (薩摩焼代14世沈寿官先生・・・写真許可)
  3月25日〜5月2日  鹿児島・25代藩主:島津重豪
       ・藩士・朝鮮人子孫・琉球人と交友の日々50日余。 
  5月3日     谷山・・喜入・・・山川
  5月6日     開聞岳
  (開門岳)                             
  (知覧の○○直子ちゃん)
  5月7日・8日  坊ノ津・・・川辺・・
  5月10〜24日 鹿児島     
  5月25日    鹿児島出発・・加治木・・宮内・・国分・・台明寺
  5月30日〜6月2日 霧島山頂・・・財部・・
   (韓国岳)                               
   (韓国岳山頂)
  6月4日〜    都城(記録なし)
  6月10日    飫肥・・・鵜戸・・・折生迫・・・
  (飫肥)                   
  (宇土)                
  (宮崎)
  6月13〜22日  宮崎
  6月23〜25日  佐土原・・・都於郡・・・
  6月27日     法華岳・・・高岡
  6月29〜30日  宮崎(記録なし)・・・・・
  7月1日      佐土原
  7月2〜4日    高鍋(記録なし)

39)「筑紫日記A」7月12日〜8月26日 
  ※延岡→竹田→熊本→相良・・高鍋・・美々津・・富高・・延岡(推定)。
   延岡・・・(西へ)・・・・・・豊後:竹田。
   肥前・薩摩・大隅・日向という行程からすれば、
   豊後・豊前方面の遊歴に移るべきだが?
   3回目の九州山脈横断を敢行・・熊本に帰って滞留。
  (奇跡探勝? 彦九郎の課題?)
  (※八方岳登山の記録以後が欠如)
  4回目の九州山脈横断・・・豊後遊歴。
  7月12〜13日  延岡・・佐土原・・・
  7月15〜16日  高鍋・・小峯・・船尾・・
  7月16・17日  三田井(高千穂峡)・・高千穂の神蹟を探訪
  7月18日     下野・・五カ所・・名子園・・井手ノ上
           (祖母山登山口)・・~原・・・
  (高千穂峡)                             
  (100名山:祖母山山頂)
  7月23〜24日   豊前:竹田・・
   (大分県竹田市:岡城)                    
    (大分県:由布岳)
  7月25日〜   坂梨・・・大津・・・
  8月1日〜20日 熊本・・・
  8月21日    山鹿・・・相良・・・・
  8月26日〜10月半ば  豊後:日田  
     豊後(大分)日田の「広瀬淡窓」父の広瀬桃秋を訪問。
  10月19・20日  豊前:竹田・・・
  ?
  11月15日   佐伯・・臼杵・・???・・佐賀関・・
           ・?????・・・府内(大分市)・・・
  12月?日     小浦
  12月28日    中津・・???・・豊前中津に滞留80日?
 ※5月  江戸幕府、「海国兵談」を絶版。林子平が蟄居。

寛政5年(1793)  
1月   豊前中津に滞留80日?
 3月   ?????
 4月   豊後(大分)日田の「広瀬淡窓」父の広瀬桃秋を訪問。
    5回目の九州山脈横断を敢行・・・日田に再来  
九州総監:日田代官に不審を招き、逐電。
    ・これ以降、彦九郎は身の危急を感じたのか。
  (※肥後北部からこの日記までの8ヶ月の日記は不明。)

39)「筑紫日記B」 5月3日〜6月27日 
   「久留米―大宰府―志賀島―博多―久留米」 
        ※50日余の彦九郎最後の日記
 5月3〜6日  久留米に滞在・・新庄・・久留米・・原田・・。
 5月8〜21日  →大宰府
 5月22日   山口・・長尾・・飯塚・・小竹・・(直方)・
         ・木屋瀬・・・二村・・・
 5月29日〜6月3日  山鹿・・・
 6月4日      芦屋・・・鐘崎・・福間
 6月9日      志賀島・・・
 6月10・11日  筑前:博多・・・針燿?・・・
 6月13日     筑後:松崎
 6月14日     松崎で薩摩藩:赤崎開門(薩摩藩校造士館教授・昌平黌経学)に会談。
 6月15日     清水・・・新庄・・・松崎・・・
 6月19日     久留米:森嘉膳(儒学者・儒医)宅に逗留。
 6月27日     久留米:森嘉膳(儒学者・儒医)宅で自刃。
 6月28日     高山彦九郎、朝8時過ぎ没。

寛政6年(1794)
4月21日  叔父:剣持と長男儀介・
         ・久留米の遍照院で彦九郎の法要。
寛政7年(1795 )
寛政8年(1796)
11月18日 唐崎士愛(播磨国龍野藩士)が彦九郎の遺志を継ぎ
同志を糾合。→竹原庚申堂で切腹。
寛政8年(1797 )
享和2年(1812) 備前国島原の儒医:西道俊 
寺町遍照院の彦九郎墓前で割腹自殺。

★参考資料・・高山彦九郎博物館で、戴いた資料。購入した資料
     博物館HP
     「高山彦九郎」正田喜久(みやま文庫)

◆太田市・高山彦九郎記念館
○所在地 〒373-0842 群馬県太田市細谷町1324−7
○電 話   0276−32−5632
○開館時間 午前9時30分〜午後5時
○休館日  月曜日(月曜が祝日の場合はその翌日)、年末年始
○観覧料  100円   4つの博物館セット券300円  
○交通案内 電車・・・東武伊勢崎線細谷駅下車徒歩10分

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