城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行

アクセスカウンタ

zoom RSS 箕輪初心■群馬「多胡碑シンポジウム」3月6日

<<   作成日時 : 2011/03/07 06:47   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

箕輪初心■群馬「多胡碑シンポジウム」
上毛三碑(@多胡碑、A山上碑、B金井沢碑)+C山上多重塔には、
見学に行っている。しかし、内容は未だに把握していない。多胡碑シンポジウムは、4人の大先生が
講演後、シンポジウムをする。10時〜17時までの長丁場なので午後から行くことにした。
★結果的には「5C〜8Cにかけて、群馬は韓国・中国からの渡来人の宝庫で、朝廷の
東国支配の拠点であることが分かった。」だけだった。

画像


※地図の中に@多胡碑、A山上碑、B金井沢碑が載っている。

多胡碑・・・シンポジウムの冊子P48より
【銘文】
弁官符上野國片岡郡緑野郡甘
良郡并三郡内三百戸郡成給羊
成多胡郡和銅四年三月九日甲寅
宣左中弁正五位下多治比真人
太政官二品穂積親王左太臣正二
位石上尊右太臣正二位藤原尊


【読み方】
弁官符す。上野国の片岡郡・緑野郡・甘良郡并せて三郡の内、三百戸を郡と成し、
羊に給いて多胡郡と成せ。和銅四年三月九日甲寅に宣る。
左中弁・正五位下多治比真人。
太政官・二品穂積親王、左太臣正二位石上尊、右太臣正二位藤原尊。


【現代語訳】
朝廷の弁官局(べんかんきょく)からの命令があった。
上野国の片岡郡・緑野郡(みどのぐん)・甘良郡(かむらぐん)の三郡の中から
三百戸を分けて新たに郡をつくり、羊(ひつじ)という人に支配を任せる。
郡の名前は多胡郡としなさい。
和銅4年(711年)3月9日の甲寅(きのえとら)の日に宣(の)べられた。
左中弁正五位下:多治比真人(たじひのまひと)の宣旨である。
また、多胡郡を作ることを決めたときの太政官は
二品(にほん)位:穂積親王(ほづみのみこ)、
左太臣正二位:石上(麻呂=いそのかみのまろ)様、
右太臣正二位:藤原(不比等=ふじわらのふひと)様。

画像

  (多胡碑博物館の説明書き)

【1】『東国における渡来人の位相と多胡郡の建郡』 
土生田純之(はぶた よしゆき)氏・・・大阪出身で、専修大学教授。
 @はじめに・・・シンポジウムの意図。パネラー紹介。
 A東国における渡来人の位相・・・古墳の種類
 B西毛におけるその後の倭人・・・高崎剣崎西遺跡
 C欽明〜推古朝期における西毛の威信財・・・古墳出土品は朝鮮・中国製。
 D考古学からみた多胡碑建碑の問題・・甘良(かむら)=加羅=加那
・西毛&東毛 ・多胡は多くの渡来人の意味。・新羅人は「吉井」姓

【2】『多胡碑の輝き』
平川南氏・・・山梨県出身で、多賀城発掘→国立歴史民俗資料館館長。
 @上野国の広域行政・・・14郡102郷で、大国。
 A西部6郡の特質・・・・多胡(多い外国人)
胡麻(ごま)・胡椒(こしょう)・胡桃(くるみ)=呉桃:中国語
胡(ご)・呉(くれ)・漢(かん)・韓(から)で表記。
先進的技能が多胡郡に集中。
B多胡郡建郡・・・3郡6郷の異例の措置。
C日本古代の古碑・・・東山道で北上。
 D多胡碑の輝き・・・・・東国の拠点。

【3】『渡来人の東国移住と多胡郡建郡』
亀田修一氏・・・福岡県出身で、岡山理科大学教授。
@はじめに・・・屯倉と渡来人
 A西国における渡来人の移住・・・日本最大:造山古墳
B上野地域における渡来人の移住と多胡郡建部」
 Cおわりに・・・・大和以外では吉備(岡山)、上毛野国(群馬)最先端の国。
★岡山県の吉備の古墳の説明が85%。でも、3位の造山古墳近辺を散策
  したことがあるので、全然抵抗がなかった。

【4】『多胡郡成立前夜ー古墳時代の多胡郡域』
右島和夫氏・・・群馬県境町出身→太田高校→群大→県文化財審議委員。
@はじめに・・7Cの日本  西毛&東毛は古利根川が境。
 A群馬の古墳時代の概観・・・★長すぎ。3分の2が古墳紹介。
 B鏑川の古墳・・・東山道との関わり
 C多胡郡の古墳・・山名古墳・矢田古墳・神保古墳など
 Dまとめ・・・・・多胡碑は古墳の渡来人の技術の結晶。 

★右島先生は群馬の古墳の説明が80%であった。
 本来の「多胡碑」の説明が少ししかなかった。古墳の話ばかりであった。
 おいらは、群馬の説明に出てきていた古墳の80%を見学しているし、
 4碑を見学している。それなりの歴史的の背景の知識もある。
★群馬の古墳に関わる渡来人の力は毛野国にずっとあったらしい。
 結局、多胡碑のことはよく分からなかった。まあ、いいか。

・高崎千年(若狭徹著)1000円・・・★分かりやすい。
・多胡碑博物館の写真集 400円・・・★安い。

●HIS→安国寺→橙橙&ダイビングショップ(=飲み屋)青柳氏
●高崎城の乾楼の見学

【5】シンポジウム  司会:土生田 パネラー:平井・右島・亀田
1時間半のところ、1時間聞いた。
ここでは、多胡碑の歴史的価値や意義などの検討が行れた。
★やっとテーマの話が話し合われて、よかった。

■丸山氏にあった。・・・中学の同級生で、群馬県埋文で右島氏に師事。
  高崎の山名伊勢塚古墳を土生田氏と発掘。
  現在、星野富広美術館の語り部である。

■日本3古碑
  群馬県の多胡碑・・・・・・・国特史 711年
  栃木県の那須国造碑・・・国宝  700年
  宮城県の多賀城碑・・・・・国重文 762年
画像


■上野3碑
  多胡碑・・・・・・・国特史    711年
画像

  山上碑・・・・・・・国特史    681年
画像

  金井沢碑・・・・・国特史    726年
画像

山上多重塔・・・         801年   (群馬県みどり市山上)
画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
箕輪初心☆群馬における韓国&韓国語2−A『多胡碑&上毛3山』
★8月6日、箕輪城語り部の会会長:岡田氏が「高崎高校 の同級生の豊泉清氏が『赤城山・榛名山なども韓 国語である。と、上毛新聞に書いていたよ。』 と教えて下さった。 ★そこで、群馬県における韓国&韓国語を調べた。 「韓国の言葉が群馬にある。」と述べている方々がいた。 日本民俗経済学会理事長:菅野英機氏、群馬県立女子 大学:熊倉靖氏、群馬県議員:須藤和臣氏、高崎の医 師:豊泉清氏などである。 ...続きを見る
城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー...
2012/09/09 09:21

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
箕輪初心■群馬「多胡碑シンポジウム」3月6日 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる